MEMORIES 記憶の断片

大東亜戦争に出兵した兵士の軍隊生活を綴った手記
文章と絵は記憶を辿ってまとめられました

入隊の朝


 入隊日の朝だ。まだ薄暗いうちに家族全員起床する。神棚と嫌様に明かりを燈す。礼拝の後、兄が大事にして居る日本刀(兄が門馬の伯父より家伝の寶刀を授かる)を兄から借りて、庭先で思う存分素振りをした。何時にない清々しい引き締まった気持ちになる。
家中揃って朝食をとる。身仕度を整え入隊準備完了。外では見送りの方達が出発時間に間に合うよう、それぞれ日の丸の小旗を持って集まっている。町会役員在郷軍人会、愛國婦人会、園防婦人会、なかには警防団の服を着ている人も居る。其の他、隣組、町内の人、知人、友人、と大勢の見送りを受ける。町会役員代表の挨拶、在郷軍人分会長の音頭で萬歳を三唱。そして自分の挨拶である。
『出陣の門出に際して一言御挨拶を申し上げます。早朝の御多忙時にも拘わらず、多数のお見送りをいただき心からお礼を申し上げます。此の度の名誉あるお召に五体は勿論のこと、衷心より感激に満ち溢れて居ります。入隊致しました暁には、皆さまの御期待に添いますよう、補充兵とは申せ現役兵に劣らぬよう立派に御奉公致す所存であります。
 時局多難の折、皆さまの御健康をお祈り致しまして出陣の御挨拶と致します。元気で行って参ります。終り』
 見送り人達は、分会長の手慣れた指示で在郷軍人、愛國婦人会、國防婦人会、町内隣組、知人の順で手際良く四列縦隊の配列が出来上がる。この隊列に盛り立てられるように、一番先頭に自分と、右に分会長、左に町会長と並ぶ。いよいよ出発である。幟り旗が大きく揺らいで先頭に出てくる。澄みきった朝の秋気を切って、長い竹竿の先から幟り旗はゆったりとひらめく。在郷軍人の音額で軍歌「日本陸軍」が始まる。渋谷橋の都電の停留所迄の五、六百米の間を勇ましい軍歌に合わせて、各自の「日の丸」の小旗が振られる。朝の仕度に追われる時間だが、道の両側の家から人がわざわざ飛び出して来て手を振って呉れる。
 大通りの十字路に差しかかると、左の方向からよその町会の應召兵を送り出す一団がやって来る。
 軍歌がやんで隊列同志萬歳、萬歳を投げかわす。どこに入隊なのか入隊先は不明だが、自分より年がいっているようだ。自分等の隊列は渋谷橋の停留所で、都電の待ち時間を、見送りの人たちは軍歌を歌い続ける。

 ここから、兄と在郷軍人の代表者一名が、麻布三聯隊営門前まで付き添って呉れる。同時入隊者は三聯隊近くに来るとやたらと目につく。麻布の一聯隊に向かう鷹召兵も居る。三聯隊の前では見送りの家族達と、名残惜しみながら別れて屠る風景が目に映る。営門では歩哨が厳めしく立って居る。営外居住の将校が部隊に帰って来る。営門の歩哨はキビキビした動作で、捧げ銃をする。間もなく衛兵所では、気合のかかった張りのある声で「敬礼!」。営門の内側からあたり一面に響き渡る。門前で兄達と別れる。気持ちのうちは不安が半分、どうにでもなれと胸を張って営門を入るが、衛兵所の前を内心こわごわと通る。その先、衛兵所と反対側に白の天幕が幾つかあり、そこが召集兵の受付所である。召集令状の提出、当人の確認と所属別に分けられ、手続きを済ませる。